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大阪地方裁判所 平成6年(ワ)8434号 判決

原告

株式会社トラベルハウス

被告

三井海上火災保険株式会社

主文

一  被告は、原告に対し、金六〇一万六七四三円及びこれに対する平成六年一〇月一日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は被告の負担とする。

四  この判決は、原告勝訴の部分に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一原告の請求

被告は、原告に対し、金六〇一万六七四四円及びこれに対する平成六年一〇月一日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、原告代表者武田弘之(以下「武田」という。)の自損事故により運転していた車両を損傷したとして、原告が被告に対し、右事故を理由に保険契約に基づく保険金を請求した事案である。

一  争いのない事実

1  原告は、被告との間で、平成六年五月一二日、次の内容の自家用自動車総合保険契約(以下「本件契約」という。)を締結した。

(一) 被保険自動車 フエラーリ・三二八―GTS(なにわ三三な三二八)

(二) 保険期間 平成六年五月一七日から平成七年五月一七日午後四時まで一年間

(三) 車両保険 保険金額 八〇〇万円

免責金額 一回目七万円

二回目以降一〇万円

2  武田は、平成六年七月六日午後四時一〇分ころ、被保険自動車を運転中、兵庫県宝塚市川面二丁目一番先路上で、道路左側の歩道に乗り上げるなどして被保険自動車を損傷させた(以下「本件事故」という。)。

3  本件契約の自動車総合保険の普通保険約款第五章車両条項四条一号には「当会社は、保険契約者(法人であるときは、その理事、取締役または法人の業務を執行するその他の機関)が酒に酔つて正常な運転ができないおそれがある状態で被保険自動車を運転しているときに生じた損害をてん補しません」との規定があり(以下「飲酒条項」という。)、同約款第六章一般条項一五条一項には「保険契約者が、正当な理由なくて前条第二号(事故発生の通知)、第三号(事故内容の通知)、第九号(書類の提出等)の規定に違反した場合は、当会社は、保険金を支払いません」との規定がある(以下「通知義務違反条項」という。)。

二  争点

1  本件事故における飲酒条項・通知義務違反条項該当の有無

(被告の主張)

本件事故は、武田が炎天下でのゴルフコンペにおいて、昼食時と懇親会の際にビールを飲み、被保険自動車を運転して帰る途中、下り坂の渋滞でのろのろ運転中、飲酒の影響から精神的弛緩が生じてブレーキペダルとクラツチペダルを踏み違えて起きたものであるから、飲酒条項に該当する。また、武田は、飲酒の事実、事故態様等につき、虚偽の通知をし、調査にも協力しなかつたから、通知事務違反条項に該当する。

(原告の主張)

武田は、ゴルフコンペ昼食時の午前一〇時三〇分から一一時ころ、ビールを中ジヨツキ半分程度(約一七五ミリリツトル)飲んだにすぎず、その後約二時間余り炎天下でゴルフをし、その後風呂に入り、本件事故時の午後四時一〇分ころにはアルコールの影響が全くなかつたといえるから、本件事故には飲酒条項は適用されるべきではない。また、通知内容に結果的に事実に反する部分があつたとしても、信義則上通知義務違反条項の適用が直ちに問題とされるわけではないところ、武田は、本件事故直後、自らが認識した事実としてブレーキを踏んだつもりだが効かなかつた旨述べたにすぎず、故意に虚偽の事実を通知したものではないし、飲酒の点も、本件事故の五時間以上も前の右程度の量ではそもそも通知の対象にならないといえるし、仮に通知の対象になるとしても、被告側の調査員から一滴でも飲んだら保険金が出ない旨の誤導により飲酒の事実を否定したものであるから、通知義務違反条項の適用はない。

2  てん補すべき損害額

第三争点に対する判断

一  争点1(本件事故における飲酒条項・通知義務違反条項該当の右無)

1  前記争いのない事実及び証拠(甲四、五、七、九、一一の一ないし五、検甲一ないし七、乙二ないし一〇、検乙一ないし六、証人大西充恒、同高畑剱治、同窪田博、同杉田道助、同出野雅士、同後藤耕一、同山本憲充、原告代表者武田弘之)によれば、以下の事実が認められる。

(一) 武田は、平成六年七月六日、大阪の旅行業者間の芝楽会というゴルフコンペ(第二三回)に初めて参加するため、被保険自動車を運転して宝塚市のスポーツニツポンカントリー倶楽部に赴き、午前七時二〇分ころに着いた。八組中第二組(四人一組で武田以外のメンバーは大西充恒、山本憲充、星智子)となり、午前八時一四分ころスタートしたが、当日は大変な猛暑であり、前半のラウンドは午前一〇時三〇分ころ終了し、同じ組四人でレストランに入り、生ビールの中ジヨツキ(小瓶一本程度)を飲みながら、昼食をとつた。後半のラウンドは午前一一時すぎからスタートして午後一時一五分ころ終わり、武田は、午後一時四〇、五〇分ころから午後二時二〇分ころまで風呂に入つて汗を流した。午後二時三〇分ころ、表彰式会場に入り、右隣に座つた同じ組の山本らと雑談していたら、午後三時前ころ、表彰式が始まつた。しかし、電話をかけるため一五分程度席をはずしていたら、乾杯が終わり、懇親会が始まつていた。懇親会では一人一本宛大瓶ビールが行き渡るだけビールが用意されていた。武田は、懇親会途中で抜けて午後三時四〇分ころ、帰途についた。

(二) 武田は、被保険自動車(マニユアル車であり、ハンドルはパワーステアリングでない)であるを運転して帰宅中、下り坂(傾斜角一〇度未満)で渋滞に巻き込まれ、当初はクラツチをニユートラルにしてブレーキを踏んだり上げたりして停止と徐行を繰り返していたが、車が動かなくなり、ゴルフ疲れもあつて途中から右足指がつるなど足が疲れてきたので、サイドブレーキを引いて停止させ、靴をぬいで両足を座席の上に乗せてあぐらを組んで手でマツサージをしていた。午後四時一〇分ころ、しばらく停止していた前車が動いたので、右足を下ろし、サイドブレーキをはずして車を動かし、一二、一三メートル程進んだ前車に合わせて停止しようと右足でブレーキを踏んだが、ペダルが軽くてブレーキが利かず、前車に追突しそうになつたので、追突を避けるため左にハンドルを切つたところ、道路左側の電信柱に自車の右前部辺りが衝突したがなお停止せず、歩道左側の他人の所有地に設置されたコンクリート壁に向かつて行つたのでハンドルを右に切つたが、同壁に自車の左前部が衝突し、自車の左側で同壁を擦るように進行し、同壁に自車左前車輪が乗り上げるようにして停止した。

(三) 武田は、午後四時三〇分ころ、被告の代理店である東亜自動車工業所に電話で前記事故の概要を報告したところ、レツカー車を呼ぶので待つように言われ、一時間位待つていたら、午後五時一〇分ころ、レツカー車が現場に到着し、自らも作業を手伝つて午後五時二五分ころに作業を完了し、自らもレツカー車に同乗して修理工場株式会社ジエイワン・ナカヤマに行き、被保険自動車の損傷状況を見せたところ、同修理工場において全損になると判断された。

(四) 武田は、被告から本件事故につき調査依頼を受けた高畑剱治(以下「高畑」という。)から、平成六年七月一九日、事故状況を聴かれたので、前記事故の概要を話したが、飲酒の点については、一般論としてではあるが、一滴でも酒が入つていたら、飲酒運転になつて保険が出ないという説明をされたので、それを受けて一滴も飲んでいないと報告した。その後、平成六年七月二七日にも被告の担当者篠原、被告の本町自動車損害調査第二センターの所長代理である窪田博と高畑が事情を聴きにきたが、そのときも、前回と同様の答えをした。なお、武田は、その後、別車両を運転中、ブレーキとクラツチを踏み違えたことがあり、そのときの経験から、本件事故の原因も同様の運転操作の誤りがあつたのではないかと思うようになつた。

(五) 高畑は、平成六年七月二〇日、武田の飲酒の事実を確認するため、前記ゴルフ倶楽部の支配人兼総務部長上田と総務課長の後藤耕一(以下「後藤」という。)らに会い、武田の組全員の昼食時の伝票の写しをとつてチエツクしたところ、武田、山本、大西の各伝票には生ビール中ジヨツキ二杯が記載されていたこと(星については伝票が証拠として提出されていないので不明)、懇親会では参加人数二八名に一人一本ずつ行き渡るだけの大瓶ビールが出されていたことを確認した。更に、高畑は、レストランの責任者として紹介された後藤から「フエラーリに乗つた武田という人であれば、朝は出迎え、帰りも玄関まで出ていつたので印象に残つているが、武田は懇親会では黄色のスポーツシヤツを着て、皆と一緒にビールを飲んでいた。」旨聞き出したとして、右調査をもとに本件事故が武田の飲酒による居眠り運転が原因であるのではないかと考え、その趣旨の報告書を被告に提出した。そして、同年七月二八日、再度被告の担当者である篠原を同行して右後藤に武田の飲酒の事実を確認した。

2  以上の事実を前提にしてまず飲酒条項の該当の有無について検討するに、被告は、武田の昼食時の伝票に生ビール中ジヨツキ二杯の記載があつたこと、高畑が後藤から武田が懇親会でビールを飲んでいたことを聞き出したことをもつて武田に飲酒の事実があつた旨主張するところ、確かに、昼食時の武田、山本、大西の各伝票には生ビール中ジヨツキ二杯の記載があり、武田が生ビール中ジヨツキ二杯を飲んだ可能性が全くないわけではないが、武田は「中ジヨツキ(小瓶一本程度)の半分ほど飲んだ」旨供述し、山本も「武田はほとんど飲んでいなかつた」旨証言しているうえ、山本、大西の各証言によれば、星の分の中ジヨツキが武田につけられた可能性も否定できないこと(高畑は、一旦は星の分の伝票をコピーして持ち帰つた旨証言したが、終結時に提出された陳述書乙一〇においてコピーをもらつていないと訂正し、結局、被告からは星の伝票は証拠として提出されなかつたこと)、高畑が後藤から聞き出したとされる武田の懇親会での飲酒の事実(飲酒量は不明)については、高畑は二度にわたつて後藤に確認したというが、その後藤は「私は、前記ゴルフ倶楽部の一階の受付の奥にある総務部で総務課長として全員の管理と倶楽部の運営の仕事をしており、二階にあるレストランの仕事は一切していないので、前記上田は私をレストランの責任者と紹介していないし、二階のレストランに上がることもなく、客の送迎も一切しない私が当日まで全く知らない武田のことにつき、右1、(五)のようなことを言つた記憶はない。ただ、推測でビールを飲んだかもしれないとは言つたかもしれない。」旨証言して高畑の右調査内容を強く否定しているうえ、武田は「懇親会ではビールを飲まなかつたし、その時は、白と黒の柄シヤツを着ていた。」旨供述し、懇親会で武田の右隣に座つた山本も「武田にビールを勧めたが、車だからと言つて飲まず、武田はジユースかウーロン茶を飲んでいた記憶がある。」旨証言していること、武田は「黄色の服は違う組の水池覚社長が着ており、同社長は、フエラーリによく似たホンダNSXに乗つていた。」旨供述し、右供述によれば、高畑の右調査は同社長と武田を混同した可能性も否定できないこと(高畑は「後藤から聞き出した武田の身体的特徴が武田本人と一致する」旨証言するが、右証言は、武田の右供述後に出てきたものであり、にわかに信用できない。)等に総合考慮すれば、昼食時の中ジヨツキ(小瓶一本程度)の半分を超えるビールを武田が飲んだと認めることは困難であるといわざるをえず、そうだとすれば、武田は、本件事故の約五時間前に右程度のビールを飲み、その後、炎天下で約二時間余りゴルフをし、風呂で汗を流した後、事故を起こしたものであるから、本件事故時における武田の運転操作にはアルコールの影響はほとんどなかつたものと推認される。また、被告は、本件事故原因を飲酒による居眠りと判断しているようであるが、前記事故態様によれば、武田は、本件事故直前、渋滞中の先行車が前進したので、サイドブレーキをはずして被保険自動車を前進させている上、衝突を回避するためパワーステアリングでないハンドルを前記のとおり操作していることからすれば、本件事故の原因が居眠りであつたとは認め難い(なお、被告は本件事故は偶然性に問題がある旨主張するが、前記認定した事故態様から、偶然の事故であると認められる。)。

以上によれば、本件事故に飲酒条項を適用することはできない。

3  次に、通知義務違反条項の該当の有無について検討するに、被告は、武田が飲酒の事実、事故態様等につき、虚偽の通知をし、調査にも協力しなかつたから、通知義務違反条項の該当する旨主張するが、飲酒の点については、武田は、高畑から第一回目の面談調査の際、前記認定のとおり、一般論として一滴でも酒が入つたら飲酒運転になつて保険がでないとの説明を受けた後、飲酒時期が本件事故の約五時間前で飲酒量も前記認定のとおり少量であつたこともあつて、一滴も飲んでいないという報告をしたものであるし、また、事故態様等に関しては、前記認定のとおり、事故の概要を報告し、事故原因を自己の認識していたとおりブレーキを踏んだが効かなかつた旨説明したにすぎないから、武田の右各行為をもつて通知義務違反条項違反ということはできない。

二  争点2(てん補すべき損害額)

1  被告は、修理後の被保険自動車の下取価格を二〇〇万円から三〇〇万円とする出野雅士の証言から被保険自動車の時価も同程度の額であり、格落ちを考慮しても被保険自動車の時価は三五〇万円を超えないから、被告がてん補すべき損害額も三五〇万円を超えない旨主張するので以下検討する。

2  証拠(甲三、五、六の一ないし三、一二、一三、証人出野雅士、原告代表者武田弘之)によれば、以下の事実が認められる。

原告は、本件事故後まもなく、東亜自動車工業所から被保険自動車を下取りに出すことで新たなフエラーリを一八〇〇万円で購入することにした。下取りとなつた被保険自動車は東亜自動車工業所が株式会社ジエイワン・ナカヤマに修理を依頼し、同社の出した平成六年七月一三日付けの見積書(修理費六〇八万六七四四円)に沿つて修理がなされ、その後、東亜工業所から原告宛に平成六年一二月二〇日付けで修理費六〇八万六七四三円の請求があつたので、原告は、東亜工業所に対し、平成七年二月二〇日、右修理費を入金したが、修理後の被保険自動車の下取価格は四三〇万円であつた。そして、修理後の被保険自動車は、平成七年一月三〇日付けで注文があり、本体価格四七〇万円として他に売却された。なお、証人出野雅士は、下取価格二〇〇万円、三〇〇万円と証言するが、右証言自体あいまいなものであつたし、同証人は、後日、右の平成七年一月三〇日付け注文書をみて、下取価格は東亜工業所のマージン四〇万円を差し引いた四三〇万円であつたと訂正していること(甲一二)等に照らし、右証言は信用できない。

3  右事実によれば、被告の主張は、そもそもその前提とする下取価格に誤りがあるから採用できない。そして、被保険自動車の修理後の売却価格及び全損状態となつた被保険自動車の格落ちを考慮すれば、原告が費やした修理費はあながち不合理な額とはいえないから、被保険自動車の損害額としては、修理費六〇八万六七四三円を認めるのが相当であり、そうすると、一回目の事故の免責金額七万円を差し引いた六〇一万六七四三円につき、被告に保険金の支払義務が生ずることになる。

三  以上によれば、原告の請求は、金六〇一万六七四三円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である平成六年一〇月一日から支払済みまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度で理由があるから、主文のとおり判決する。

(裁判官 佐々木信俊)

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